大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和30年(行)18号 判決

原告 杉本アリ

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和三十年四月二十一日附を以てなした原告の昭和二十八年度分の所得金額金二十七万九千六百円、所得税額金五万五千八百円、無申告加算税額金一万三百五十円とする所得税審査決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、「原告は肩書住所地において料理店業を営んでいるものであるが、その昭和二十八年度の所得は金一万二千五百五十円(収入金額五十二万千三百五十円、必要経費二十六万八千八百円、特別経費二十四万円)であつたから、昭和二十九年三月七日直方税務署長にその旨確定申告をなした。然るに直方税務署長は原告から確定申告書の提出がないとして、同年四月二十七日原告の昭和二十八年度における所得金額を金二十一万千百円、所得税額を金三万四千五百円、更に無申告加算税を金五千百円とする旨決定し同月二十八日原告に通知した。そこで原告はこれを不服として同年五月一日直方税務署長に再調査の請求をなしたところ、直方税務署長は同年七月五日原告の請求を棄却する旨決定し、同時に原告の昭和二十八年度の所得金額を金五十万五千七百円、所得税額を金十四万二千百円、無申告加算税額を金三万五千五百円とする旨の再更正決定をなしその頃原告に通知した。従つて原告は右再更正決定に対し直方税務署長に再調査の請求をなしたところ、同署長は同年九月三十日右請求を棄却したので、原告は同年十月六日更に被告に対し審査の請求をなした。被告は昭和三十年四月二十一日直方税務署長のなした再更正決定の一部を取消し、原告の昭和二十八年度所得税につき所得金額金二十七万九千六百円、所得税額金五万五千八百円、無申告加算税額金一万三百五十円とする審査決定をなし、その旨原告に通知した。しかし原告の昭和二十八年度の所得は前記のとおり金一万二千五百五十円であり、所定の期限内に確定申告をなしているのであるから、被告の右審査決定は違法といわなければならない。そこで原告は被告に対しこれが取消を求めるため本訴に及んだ。」と陳述し、

被告の答弁に対し、「被告は原告方の個人別稼働台帳に誤謬があつて、原告の申立も信頼できなかつたと主張するけれども、帳簿の誤謬とは昭和二十八年九月における一従業婦の稼働実績欄に『三十日』と記載すべきところを『三十一日』と誤記したに過ぎないもので、これを目して直に右帳簿の記載が信頼できないということはできない。また被告の推定計算も事実に反し到底容認できないところである。即ち被告は原告の当初の申立によりその延べ張店日数を二千百六日として推定を進めているが、これは原告の申立が誤りであり通常毎月公休一日、生理休暇五乃至七日を与えていたのを忘却し、これを張店日数中に含ましめていたので、事実は二千百六日から五百日を差引いた千六百六日が正当な張店日数であつた。而して右延べ張店日数に対する原告主張の延べ稼働回数は必しも低率ではないのである。然るに被告は原告が新規開業者であることを軽視し、古い『のれん』を誇る二字町の同業者の実績を基礎として原告の収入を推計しているのであるがこれも妥当とはいえない。また被告は特別経費たる家賃金二十四万円のうち二十%を原告の自家消費部分としているが、原告方家屋は六畳の間六室、八畳の間二室及び七畳半の間七室で、うち六畳の間一室を原告自身が居室として使用し、他は全部営業用に使用しているのであるから、被告の右認定は失当である。」と附陳し、

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、「原告主張の事実のうち原告が料理店を営んでいること、直方税務署長が原告の昭和二十八年度の所得税につき原告主張のごとき決定をなしたこと、これに対し原告がその主張どおりの経緯で不服申立をなしたところ、被告において原告主張の日その主張どおりの審査決定をなしたことは認めるが、その余の点は否認する。即ち、原告は昭和二十八年度分の所得税確定申告書を所定の期間内に所轄の直方税務署長に提出したと主張するがそのような事実はない。而して原告は特殊料理店を営むものであるが、本件につき直方税務署及び福岡国税局協議団の行つた調査の際、原告はわずかに従業婦台帳、個人別稼働台帳のみを備付けていたので、これのみによつては収支が明確とならず、しかも右帳簿の記載内容にも誤謬があつたから、原告の手持資料及びその申立によつては到底正確な所得の把握は期すべくもなかつた。そこで被告はやむなく次のとおり原告の所得を推計したのである。即ち、原告は昭和二十八年度における延べ張店日数二千百六日、延べ稼働回数六百二十一回、稼働高(収入金)金五十二万千三百五十円と申立てた。右申立により一回当りの平均収入金を算出すれば金八百三十九円となり、これは他の同種営業と比較して妥当なものであつたからこれを是認した。しかしながら申立による延べ稼働回数の延べ張店日数に対する割合は二十九、四%となるが、原告が加入している直方市二字町特殊料理店組合における中傭位の業者においては前記割合は五十六、六%であり、原告の右比率は余りにも低率であるから是認しがたい。これが比率は原告が新規開業者である事情を勘案して五十六、六%から五%を引いた五十一、六%を以て妥当のものとすべきである。とすれば原告方の述べ稼働回数は申立にかかる述べ張店日数二千百六日の五十一、六%に当る千八十六、六回と推計すべく、稼働高(収入金)は一回平均金八百三十九円であるから合計金九十一万千六百五十七円と推計できる。そこで被告はこの収入金額より一般の必要経費を控除するため福岡国税局編さんの商工庶業所得標準表に所定の標準率五十八、五%を乗じ(金五十三万三千三百十九円)、これより特別経費たる家賃金十九万二千円(原告申立の金二十四万円のうち二十%に当る金四万八千円は自家使用部分であるから否認)を控除して原告の所得金額を金三十四万千三百十九円と認定した。以上被告のなした所得金額に関係する推計は適法で合理的である。ところで被告のなした本件審査決定における原告の所得は右認定所得金額の範囲内である金二十七万九千六百円であるからもとより正当である。而して右所得金額から所得税法第十二条の金六万円の基礎控除をなした金二十一万九千六百円に対する税額金五万五千八百円を決定し、原告はさきに述べたように確定申告をなしていないので、所得税法(昭和二十九年四月法律第五十二号による改正前のもの)第五十七条第三項により無申告加算税額金一万三百五十円を決定した。よつて被告の本件審査決定には何等違法の点はない。」と述べ、

〈立証 省略〉

理由

原告が肩書住所地において料理店業を営んでいること、直方税務署長が原告の昭和二十八年度の所得税につき原告主張のごとき決定及び再更正決定をなしたこと、これに原告が主張どおりの経緯で不服申立をなしたところ、被告において原告主張の日その主張どおりの審査決定をなしたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで先ず原告の確定申告書提出の有無につき判断する。証人下沢清、同白滝朝弥、同田口情一の各証言には、昭和二十九年三月七日頃原告と内縁関係にあり原告方営業の出資者である田口精一が原告の確定申告書を持参し、原告及び田口方の帳簿の記帳等をしている白滝朝弥、同業者である下沢清と同道して直方税務署に赴き、田口等の確定申告書と一藷に原告の申告書も提出したとの原告主張を裏書するような供述部分があり、右白滝が田口方の確定申告書と同時に作成したと証言する原告の確定申告書の控(甲第一号証)によれば原告主張どおりの確定申告書が作成されていたことを一応推認させるものがあるけれどもこれ等は次に述べる理由から充分に信頼できないのである。即ち、公文書であるから真正に成立したものと認むべき乙第四号証によれば、原告の確定申告書と同時に作成され同時に提出された筈の田口方の確定申告書は直方税務署に昭和二十九年三月四日に提出されたことが認められ、田口等三名が直方税務署に行つたのは三月四日ではなかつたかと考えられる。また同時に提出された下沢ウメノの申告書の受理日も同じく三月四日となつているので右日時は正確なものと思われる。もしそうだとすれば甲第一号証に記載されている三月七日の日附と矛盾する訳である。しかも証人白滝の証言は右甲第一号証の記載と完全に符合するのである。以上の事実を矛盾なく統合することはできないのであつて、右証言並びに甲第一号証は多分に錯誤に基くものがあると考えられ、加えて同証人等の原告との身分的関係を考慮すれば、これ等の証拠から直に原告が所定の期間内に確定申告書を提出したとの事実を肯認することはできない。而して他に右原告主張を認めるに足るだけの証拠はない。

次に原告の昭和二十八年度における所得金額について判断する。ところで被告は直方税務署及び福岡国税局協議団が原告方を調査した際、原告方にはわずかに従業婦台帳、個人別稼働台帳のみが備付けであり、これのみでは収支が明確とならず、帳簿の記載内容にも誤謬があつたのでこれも信頼できず、原告の手持資料及びその申立によつては正確な所得の把握が期待できなかつたので、被告は推定計算の方法により原告の所得金額を認定したと主張する。而して証人白滝の証言によれば原告方の帳簿は右白滝または同人の指導のもとに原告自ら記帳に当つているが、備付の帳簿はわずかに原簿のみであつたことが認められ、しかも原告は本件口頭弁論期日において右原簿その他の収支を明確にする帳簿の存在につき何等立証しようとしないのである。かかる事実よりすれば、被告において原告方を調査した当時も原告の申告を信ぜしめるに足る帳簿その他の証拠が存在しなかつたことが推認できる。従つて被告が原告の所得を推定計算の方法により認定するに至つたこともやむを得ないものといわなければならない。

そこで被告の推定計算の過程について検討を進めよう。

(イ)  述べ張店日数。原告が直方税務署長のなした決定、再更正決定に対する不服申立の段階で当初申立てていた二千百六日を被告においても是認しているわけである。しかし原告は本訴提起後右申立が錯誤に基くものであつて事実はこれより約五百日少く千六百六日位であつたと主張し、前掲白滝の証言にはこれに副う部分もあるが、その点充分に信用できない。従つて被告が原告の当初申立てていた延べ張店日数を推計の基礎としたのは正当として容認できる。

(ロ)  述べ稼働回数。被告は右述べ張店日数二千百六日に五十一、六%を乗じて千八十六、六回と推計しているのであるが、証人木塚竹一一証言並びに同証言から真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、原告方のある直方市二字町における普通程度の同業者の昭和二十八年度における張店日数に対する稼働率は平均五十六、六%であることが認められるところ、被告は原告が新規開業者である点を考慮してこれから五%を差引き五十一、六%としてききの推計をなしているのであるから、右認定も一応相当と考えられるのである。

(ハ)  稼働高(収入金)。被告は一回の平均稼働高を金八百三十九円としてこれに右延べ稼働回数を乗じて年間総稼働高を金九十一万千六百五十七円と推計している。而して右一回の平均稼働高は原告の申立にかかる延べ稼働回数六百二十一回及びこれに対する稼働高金五十二万千三百五十円から算出してこれによつている訳であるが、証人白滝、同田口の各証言によれば原告方及び二字町の同業者間における一晩の通常の遊興費は金二千三十円であり、原告方においては従業婦とこれを折半していることが認められるので、時折客の要求によつて値引することがあることを考慮しても、平均して金八百三十九円を割ることはないものと考えられる。従つて右金額にさきに認定した延べ稼働回数を乗じて原告の収入金額を金九十一万千六百五十七円と算定した被告の推計も正当である。

(ニ)  必要経費。被告は原告の必要経費を福岡国税局編さんになる昭和二十八年度分商工庶業所得標準表(乙第二号証の一、二)により算定しているのであるが、証人中原光敏の証言によれば福岡国税局においては毎年管下の数カ所の地区を指定してその地区につき実体調査をなし、これに全国的な統計並びに前年までの状況を加味して、各職業別に収入金額に対する差益金額、所得金額、減価償却費等の平均値を算出し、右所得標準表を作成していることが認められ、右のような調査方法により作成された昭和二十八年度分商工庶業所得標準表に基く必要費の算出は格別の事情がない限り合理的なものといわなければならない。而して右標準表の原告業種に相当する特殊喫茶の欄には収入金額百円に対し所得金額五十八円五十銭と記載されている。この割合によりさきに認定した原告の収入金九十一万千六百五十七円に対する所得金額を算出すると金五十三万三千三百十九円となり、必要経費は金三十七万八千三百三十八円となる訳である。なお原告主張の必要経費が金二十六万八千八百円であることを考慮すれば右算定はもとより正当である。

(ホ)  特別経費。被告は原告の支払つている家賃金二十四万円のうち二十%を原告の自家使用分であるとしてその余の部分のみを是認し、原告はその全額を主張している。しかし原告が右家屋に起居していることは弁論の全趣旨からも明白であり、家賃の全額が営業用の支出であるとする原告の主張が採用できないことは勿論であるが、被告において自家使用部分を二十%と認定した根拠については必しも明白ではない。ところで原告主張事実によれば当時の家屋使用状況は総畳数百四畳半十五室のうち六畳一室のみを原告の居室としていたことが窺われるので、自家使用部分は全体の約五、七四%であり、これに相当する金一万三千七百七十六円を金二十四万から控除した金二十二万六千二百二十四円を以て特別経費と認めるを相当とする。

以上認定したところに従つて原告の所得金額を算定すれば金三十万七千九十五円となる。従つて被告が原告の昭和二十八年度の所得金額を金二十七万九千六百円と決定したことについてはこれが低額に過ぎるとの批難はあつても、原告主張のごとく高きに失するということはできない。

最後に税額の決定について判断する。被告が決定した所得金額金二十七万九千六百円から所得税法(昭和二十九年四月法律第五十二号による改正前のもの、以下同じ)第十二条に規定する基礎控除金六万円を控除すると、原告の課税総所得金額は金二十一万九千六百円となる。(なお、さきに認定したように原告から確定申告書の提出がないので同法第二十八条により扶養控除等の適用はない。)右課税総所得金額に対する所得税額は、同法第十五条、別表第一から、金五万五千八百円と算定されること被告主張のとおりである。

なお原告は碑定申告書を提出していないので、同法第五十七条第三項により無申告加算税が課せられることとなる訳であるが、直方税務署長は昭和二十八年度の確定申告の期限たる昭和二十九年三月十五日から一カ月をこえ二カ月以内である同年四月二十七日に原告の所得税額を金三万四千五百円と決定してい。るので、同法第五十七条第六項、第五十五条第三項により右所得税額から千円未満の端数を切り捨てた金三万四千円に百分の十五の割合を乗じ金五千百円を算出し、更に被告は三カ月の期間をこえる昭和三十年四月二十一日に原告の所得税額を金五万五千八百円と審査決定したので、前同様千円未満の端数を切り捨て、これよりさきの金三万四千円を差引いた残額金二万千円に百分の二十五の割合を乗じ金五千二百五十円を算出し、さきの金五千百円との合算額金一万三百五十円を以て本件無申告加算税額と決定しているので被告の右決定も正当であるといわなければならない。

とすれば被告が昭和三十年四月二十一日附を以て原告の昭和二十八年度所得税につきなした本件審査決定には何等違法の点はない。

そこで右決定の違法を理由としてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹生義孝 藤野英一 権藤義臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例